カルチャーリポーター
   
 

 

ico-report01シルクロードの終着点からはじめよう

10月23日、「古都祝奈良-時空を超えたアートの祭典」の最終日、友人と奈良国立博物館で開催されている「正倉院展」に行った。約1300年前の作品とは思えないほど、国際色が出ている。水さし「漆胡瓶」は中東のものに似ている。屏風は中国の墨絵の構図に似ている。官職が公式の場で持つ、「しゃく」という長方形のものは、象牙でできているので、インドから来たのだろうか。絵に描かれている動物にライオンがいる。ライオンは古代日本にはいない動物だった。奈良が都だった頃、遣唐使と共にシルクロードを通って来た人々が、自分の国の言葉を話しながらモノづくり、文化を伝承したことがわかる。日本が国際交流をして栄えてことがわかる。奈良の見方を変えてみてはどうか。
 
 
大阪に住む友人に奈良のイメージを尋ねた。「古都らしい」という応えだった。古都らしいとは、古いお寺や神社があり歴史を感じるということだろうか。その歴史は誰が作ったのだろうか。日本人だけでは、1300年後に残る建築や文化を残せなかったと思う。海を渡って来た大工さんや通訳、商人が郷を思い、郷を再現しようと作っものが素晴らしかったからだと思う。どうも奈良は日本人が作った古代文化都市のイメージがある。それを覆したのが、「古都祝奈良-時空を超えたアートの祭典」だと思う。その一つが東大寺の参道に展示されている「大幡」である。幡は重要な法要があるときに用いられた旗で、平和を願うものであったという。今回は、東アジアの国の共同作の旗が掲揚されている。
色とりどりで、華やかで目立つ。古い東大寺とは不釣合いのようだが、これが本来あるべき姿であろう。もともと東大寺は、シルクロードの終着点でここに国際色豊かなものがあって当たり前である。
 

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もう一つ、シルクロードの終着点を感じるものは、平城宮跡で開催されている野外劇場の周りにある。市(マーケット)である。日本のものはもちろん、モンゴルや東アジアの屋台や雑貨展が出店している。日本式の建て方と違う、どこの国がモデルなのかわからない。人々がテーブルで食事をしながら秋の夜を楽しんでいる。小さなステージもある。遠くに見えるのは天平建築の大極殿。いつも静かな草むらの平城宮跡が音楽などで賑わっている。奈良も国際的になってきたなと感じるが、1300年前、奈良の都はこんな感じだったのだろうか。モンゴルの屋台の前に人が並んでいるが、当時もこんな感じだったのだろうか。そして、劇場では異国情緒豊かな芸術が披露されていたのだろうか。たまに、月を見ながら食事をして騒いだのだろうか?想像すると楽しくなる。
 

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日本では、独特の文化が生まれている。今は、国際交流を通じて日本から逆にシルクロードを伝って文化を運ぶときではないかと感じる。争いが絶えない昨今。それを解決するのは文化の力ではないだろうか?シルクロードの国々のアーティストが日本らしいとされる寺社に彼らの文化を添えた。当時と同じように、日本人との共同作業で。案内をしていたならまちの会場にも通りがかりの外国人がたくさん訪れた。彼らが、ここで見たものを自分の国で伝えてもらいたいと思う。
 
 
カルチャーリポーター:山下元代