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ico-report01古都奈良の仏教文化の交流の跡が見られるお寺-唐招提寺

 東アジアの共通する文化の1つとして、仏教文化を挙げることができる。遣唐使が中国大陸へと渡たり、大陸から人や文化が移動したことで、かつての都であった奈良の地では国際色豊かな天平文化が生まれた。そんな奈良の仏教の交流の跡を見つけることができる歴史のある寺が、今回「東アジア文化都市2016 奈良市」のアートプロジェクトの作品の舞台にもなった、唐招提寺である。
 
 唐招提寺は「8世紀に中国大陸や朝鮮半島から伝わり、日本で独自の発展を遂げた仏教建築群」として「古都奈良の文化遺産」として世界遺産に登録されているお寺で、中国の高僧、鑑真和上が開いた寺である。当時の朝廷は仏教の力を用いて国内の安定を図る鎮護国家で、僧侶には免税をはじめとする優遇措置を与えられていたが、それがかえって正しい仏教の教えを理解していない僧を輩出する原因となっていた。そんな混乱した風習を正し、正式な僧侶を育成するために、聖武天皇の願いを受け来日し、戒律の学問所として唐招提寺を開いたのが鑑真である。このレポートでは、唐招提寺にみられる天平文化や日本の仏教文化の交流があった建造物を取りあげ、古都奈良の仏教文化の交流の跡をたどりたいと思う。
 
<金堂>
唐招提寺の金堂は、現存する天平建築として最大規模なもので、奈良時代佇まいを現代にまで伝えている建造物である。金堂には盧遮那仏坐像、千手観音立像、薬師如来立像の巨大な三尊が安置されており、いずれも活乾漆という中国で当時流行していた手法で作られたものであることがわかっている。
<御影堂>
御影堂には鑑真和上坐像が安置されている。これも天平文化を伝える彫刻の最高芸術品であるといわれており、当時の鑑真のありのままの姿を写したとされる。普段は一般公開されていないが、瞼を閉じた鑑真和上の姿は、両目の視力を失いながらも日本への渡航をあきらめず、戒律を伝えることに力を尽くした当時の鑑真の姿を思い起こさせるだけのものがある。
<戒壇>
唐招提寺の西方には、鑑真が僧になるための資格を授けた「戒壇」がある。過去の放火により、現在は石壇がむき出しの状態ではあるが、受戒を行った神聖な場所である。
<開山御廟>
唐招提寺の北東側には、鑑真のお墓である開山御廟が位置する。御廟には、鑑真のふるさとの中国揚州の花、「けい花」が植えられており、毎年5月初頭に白い花を咲かせる。このけい花は、鑑真が居住していた大明寺に一株しかなかない大変めずらしい花で、中国仏教協会が鑑真の1200年忌を記念して送ったものである。この花が送られた時代は、中国とはまだ国交を断絶していた厳しい時代であったが、今も友好の花として唐招提寺で大切に育てられている。
 
このように、日本の仏教文化の交流の跡をたどることができる場所が多くある唐招提寺は、古都奈良の仏教文化の交流を象徴する場所であり、今も世界の観光地としても多くの参拝者を集めている。
 
 
参考文献
阪田宗彦『唐招提寺と鑑真和上』制作・発行TBS
西山明彦 滝田栄2010『古寺巡礼 奈良8 唐招提寺』出版社:淡交社
2010『別冊宝島 唐招提寺』宝島社
遠藤證圓2004『鑑真和上―私の如是我聞―』文芸社
 
 
カルチャーリポーター:出口栄美