カルチャーリポーター
   
 

 

ico-report01奇跡の出会いと友好の雉

7月2日とても暑い日だった、たまたま仕事で訪れた奈良県南部の五條市でのこと。
キレイに舗装された道路に1羽の茶色っぽい鳥が横から飛び出してきた。
鳩よりも大きいし、何の鳥かな?と運転している車をそっと前進させた、とまる。
もう1羽続いてやってきた、今度はとてもきらびやかな色だ。
しっぽがピーンとしている。まさか?!ツガイらしい鳥たちは道路の真ん中で行く手をふさいでいた。驚いた!それが「雉」だったからだ。
日本の国鳥であり、桃太郎のお供や、一万円札に描かれている有名な鳥も近年そうそうお目にかかれない。なんでこんなところに!と驚いていると、気付かれたのか、アスファルトにフンを残して草むらに消えてしまった。今さらながら写真におさめようと草むらを追ったが、ここでさらに驚いた。キジは野生だった、飼われていなかったのだ、そして向こうには、目の前一杯に広がるソーラーパネルの畑。不思議な光景と取り合わせに余韻があり、誰も通らないのどかな町の道の真ん中に車を止めたまま立ち尽くしていた。
私の様子を気にしてくれたご近所の方が、「何かあったのか?」と声をかけてくれた。
ここに野生のキジがいた!しかもツガイで!というような内容を熱く報告。
「ツガイは珍しいな、でもここは万葉の昔からキジの有名なところやで。」と。
奈良生まれ、奈良育ち生粋のならっ子である、しかもガイドの現役時代には五條によく来ていた。これまでの人生一度くらい目撃していてもおかしくない。その日まで、県内でキジを見たことはなかったのである。お札のキジでさえなかなかお目にかかれない私には、とてもラッキーな場面に出会ったように感じた。以来、奈良に野生の雉がいるということを友人に会うごとに話していた。おかげで矢田丘陵あたりにもキジはいると、あらたな情報を得ていた。そんな矢先、またしても雉が現れたのだ。生駒の近大病院へお見舞いの帰りのこと、メスの雉が草むらからぴょんと登場。一緒にいた友人たちも驚きを隠せなかった。
矢田丘陵に今も野生のキジはいた、本当にいた。
今落ち着いて考えてみると、それは珍しいことではないのかもしれない。キジは万葉の昔、いやもっと古くからそこにいるのだ。気にしていなかっただけなのか、町の中に野生のキジが生息している訳がないという勝手な思い込みをつくっていただけなのかも知れない。
奈良の雉さんよ、ごめんない。ずっとそこにいてくれたのに。
五條で出会った茶がかった色のメスと、孔雀を思わせる艶やかな色のオスと、どちらも昨日の事のように鮮明に思い出す、仲良く道路に出てきて、フンをしたことも。何かとても大切な事を気づかせてくれたような出会いだった。
あれから【万葉集】【雉】を検索する。奈良県の産業振興総合センターの記紀・万葉プロジェクトの企画に【万葉集に詠まれた鳥・雉】という商品がヒットしたが、五條のその場所で詠まれたのはどれかわからなかった。せっかくなので、奈良市で詠まれた雉の歌をご紹介。
万葉集巻第十一 一八六六 詠み人知らずの作品
「雉鳴く高円の辺に桜花 散りて流らふ見む人もがも」
現代訳には、「雉がないている高円のあたりに桜の花が流れるようにしきりに散っています。一緒に見る人がいるといいのに。」美しい情景が浮かび、思わず自分の心に重ねてみた。
2016年7月“キジとの遭遇”よりまもなくして、私は東アジア文化都市2016奈良市と出会った。さっそく済州島や寧波について何か知っている事はないかと、友人知人に聞いていた。そんな中、済州島に旅行したことのある友人から「雉」が名物だと教えてもらった。
あの日の雉との出会い、何かの縁を感じた。
古都祝奈良も無事に終わり、リポートのまとめに追われていた11月7日。その済州島から、思いもよらぬ贈り物が届いた。それは公納堂の西尾美也さんの作品「人間の家」で出会った、2人の壮年とのご縁によるものだった。
サポートクルーとして受付をしていた時、熱心に作品をご覧になるので、スマホアプリの翻訳を使いながら少しお話しをした。「この作品はとてもいい!」とまじまじ、ぐるぐる回りながら見ておられた。お二人は、韓国のリゾートホテルの社長と、有名な画家であると自己紹介くださった。「また韓国へいらっしゃい。」と言われながら、笑顔の別れをしたのち、お昼までの任務を終えた私は、荷物を取り上げてそこを出ようとした。
すると、先ほどの画家さんが血相を変え戻ってきた。
何かあったと思い、引っ張られるまま一緒にならまち会場を駆けまわったが、社長は見つからない。ようやく合流できた時、大変に具合の悪い様子。すぐ近くのお店に入った。
実は糖尿病の持病があり低血糖の症状が出ていた。すぐに病院か、横になれるインフォメーションサロンを紹介したが、行かなくても良いとのこと。心配に思いながらも事務局に連絡を入れ、そのまま付き添った。このあとは観光をやめて京都の宿へ行くというので、糖分を補給しながら休憩を取りつつ何とか奈良駅までお送り。自身も用があったこともあり、韓国語が話せる駅員さんに後をお願いしたが、名残惜しく思ってくださり、駅内でもうしばし話しをする事に。あらためて、互いのことについて翻訳アプリだけがたよりの片言同士で語りあった。せっかく買ってきただろうお土産も、私にくれるという。中には、陶器のかわいいクマの置物と、木にフクロウが並んでいる手芸品だった。画家さんが、「この3つ並んだフクロウはこの3人の事だ。」とジェスチャーで言ってくれた。まともな会話はできていないが、心が通いちゃんとお互いのことが伝わっている、特別で大切な時間となった。
最後にはずいぶん落ち着かれたご様子で、感動の別れとなったのが、先月10月15日の事。
あれから1ヶ月、奈良での思い出話に私の事も話していて下さったようで、偶然にも済州島在住である娘さんから送られてきたのが、JEJU TANGERINE ORANGEがいっぱい詰まったお菓子とお茶のステキなギフトだった。「恵さんと出会って、奈良や日本の印象が大変に良いものとなりました。また実際にお会いできれば嬉しい。」と過分なお言葉ではありますが、いただいたメッセージが一番嬉しいギフト。私がこの度の事業に参加させて頂いた目的の一つが、奈良でのおもてなしでつなぐ庶民外交、日中韓友好のお手伝いがしたいということだった。蔡國強さんが、“船をつくる”にあたり仰っていたフレーズ、「互いの文化をただ見せあうのではなく」をキーにしていた。素晴らしいものはたくさんある、奈良には本当にたくさんの素晴らしいものがある、しかもそれは直接見る事ができないところに多い。
今回のコトホグ奈良で、現代のアート、舞台、食の作品を通して、改めて土地のもつ力の偉大さすごさ、なんと言ってもその美しさを実感。互いの文化をただ見せあうのではなく、生きた人同士が、モノコトで交流し繋がっていくこと。互いの文化を良い方向へ押し上げていくこと。これこそが、ほんとうの友情を結ぶ交流ではないかと思う。
「目の前の一人を大切に」とは私の恩師の言葉。自身の体験から、改めて実感することができ、かけがえのないご縁を結ぶ事ができた。東アジア文化都市2016の事業のお陰と心より感謝しています。
 

 
 
カルチャーリポーター:森村 恵