カルチャーリポーター
   
 

 

ico-report01古代瓦の華は咲くNo.2 「平城宮跡の舞台と興福寺中金堂の復元の瓦」

奈良は町ごと全部が宝物館のよう、それは言わずと知れた古建築の宝庫であり、世界最古の木造建築法隆寺や、世界最大の木造建築の東大寺大仏殿をはじめ奈良市を中心にした数々の社寺建築が国宝、重要文化財に指定されている、その上あたり丸ごと世界遺産に指定されている。都跡もそのままに国指定の史跡に指定されている平城宮跡は、約120haの広大な敷地で、東端ではコトホグナラの舞台会場として使用された。SPACのマハーバーラタ~ナラ王の冒険~・維新派のアマハラと公演ごとリポーターとして参加させていただいた。内容そのものと、人間の領域を超えているような錯覚を持つほど素晴らしい演技に、どちらも引き込まれた傑作であった。その魅力を引き立てたのは、舞台入口へ向かうまでのアプローチと、自然が生み出す背景にあると思う。雄大な奈良の空に包まれながら、広大な宮跡を進む、やがて青丹よしの色合いのまま復元された天平建築が、お出迎えのように第一次大極殿、朱雀門が左右に建っている。いよいよ観客席へ、吹き抜けの野外舞台で奈良の空は天然のスクリーンとなった。素晴らしい役目を果してくれた、かけがえのない空間にも賞賛の拍手を送りたい。平城宮跡の天平復元工事は今も続けられている、もったいなくも国史跡を東西に走る電車にゆられ、通勤をしている私は「青丹よし 奈良の都は咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」とうたわれた都の中心建築の再生を、車窓からもれなく見守り続けていくことができている。
これら天平建築の復元技術を活かし、平成3(1991)年より約30年の年月をかけ復元が進められているのが興福寺の中金堂、創建1300年にちなんだ事業で予定では2年後の平成30(2018)年に落慶を迎えるそう。今年6月、この工事現場の最後の一般見学会に参加、瀧川寺社建築の顧問であり、中金堂作業所所長も務められる國樹彰さんにご案内をいただきながら急な足場を上がる。登りきると今度は回廊のような幅の広い足場で、数十人が充分歩き回れる、地上15mほどの高さから外の景色を眺めた、目の前にある五重塔、まさかこの位置の高さから望む機会に出会えるとは・・・と、見慣れた景感に慨深く感じながらも、向こうへ広がる奈良公園、東の三笠山、春日山、高円山などの山並み、ナント眺めの良いこと!藤原氏隆盛の時代を想う。國樹さんは「ここの復元は大極殿のチームでやっているんです。そやから話が早いんですわ。」と言われた。大きな文化財建築に関わるとなると決まった顔ぶれになる事もうなずける、誰でもできるわけではない。新しい建物ではあるが、奈良時代に実際にあった姿に「再現」をしなければならない、誰も見たことのない巨大な木造建築を膨大なデータと現場経験から得た推測の上で組み立てながら。こうなると、底なしとも思える日本・奈良の歴史、文化財ついての見識、そしてそれを再現できる技術がなくてはならない。再建より復元、修復のご苦労が浮かぶ。見学のメインは中金堂の大屋根のそばまで寄れること、外観は出来上がっていた。見事な瓦葺に一同は皆カメラを向けた。奈良では日常の景色に思う屋根瓦も、こうして近くに見るとその整然たる葺き方や規模感に、ただただ圧倒される。どれほどの方々が関わったのか想像もつかないほど立派な屋根瓦。瓦はまるで鳥の羽のように一枚一枚がしっかりと納まっている、完成した大屋根は正面から見ると両端をしゅっと上げていていた。銀色の見事な翼を広げた「中金堂」という名の鳥は、白壁と朱の柱、緑の連子窓に彩られ、未来へ羽ばたいていく。
高さ約20m、幅約36m、奥行き約23ⅿの立派な中金堂を中心に整然と配置された天平の伽藍が興福寺境内に甦る、「あと2年」その日はそう遠くない。
 
 
カルチャーリポーター:森村 恵