カルチャーリポーター
   
 

 

ico-report01古代瓦の華は咲くNo.3 「ものづくりは、人づくり ひとづくりは、国づくり・人間国宝山本清一さんに学ぶ」

大変に栄誉ある文化財の仕事も、商売根性だけでは務まらない。見えない事実と向き合いながら“伝統を残す”それは苦悩と苦闘の連続であり、その手間と労力の時間わりには一般の年収とかわらないことも。自分の得だけ考えず、日本の伝統と、国の宝を守るため、自ら仕事をし、またそれを若い弟子たちに引き継いでもらわなければならない。人を育てるには、自分が仕事をする以上の労力と忍耐、さらに大きな費用もいる。それでも自分を超えよとの愛情をもって、約40年ほど前から先進的に文化財に関わる瓦職人の人材教育を進められてきた、「ものづくりは、ひとづくり ひとづくりは、くにづくり」の信念のもとで。その名は世界まで届く、唯一無二の瓦職人山本清一さんその方である。まだまだ資本主義の風が強い中にあって、このような大義をもつリーダーは少ない。しかし、そのような人がいなければ、日本の歴史的文化遺産を守れず、奈良県の歴史的価値も失われてしまうのだ。
すべては師弟の中に納まっている。
山本清一さんは、若い職人の雇用を守るために設立した山本瓦工業(屋号は生駒瓦清)と、後継の人材育成の場所となっている、文化庁認定の日本伝統瓦技術保存会の会長である、今月で御歳84歳になられたがまだまだ現役だ。平成6年本瓦葺きの職人として、国認定選定保存技術保持者、つまり「人間国宝」に認定。実は先に紹介した、平城宮跡の朱雀門、大極殿も、興福寺の中金堂、東大寺大仏殿も、奈良県内はもとより日本、全国の国宝、重要文化財の瓦の修復、復元を引き受けてこられた、海外からの問合せも多いそうだ。
昨年の12月、半世紀に亘り業界を牽引し続けてくださっている山本会長に、古代瓦のついて教えて頂きたいとの思いから、恐れ多くも電話をかけたのがはじまりだった。ありがたい事に、何の肩書きもない私が訪ねる事を快諾してくださり、それ以来、山本来会長には数回にわたり学ばせていただく機会を頂いた。私にしてみればお会いできるだけでも大変に光栄な事だったが、初めて伺った時期が姫路城の修復工事の完成を迎える頃だったこともあり、天守閣の屋根に見事に跳ねる鯱の兄弟を、平群の工場で拝見させていただいた。なんてこと、私ひとりのために山本会長直々に、製作現場と見事な鯱をご案内頂いたのだ、何とも贅沢な忘れがたい時間。高さ1.9mに及ぶの鯱の焼成は、まさに命がけの忍耐と配慮によるもので、無事に乾燥し、焼き上げるまでの”職人の仕事そのもの”にかかっている。今回も1000度を超える窯の前で、寝ずの番をしながら細心の注意を払い続ける。粘土は水分があるため高く積み上げると、乾燥するまでに崩れてくることも。やっとの思いで窯に入れても焼成時にヒビが入れば何にもならない。わが子を育てるように、鯱と真剣に向き合いながら大切に慎重に、”その時”を待つ。このたび、姫路城にのる鯱は無事に見事に誕生した、屋根にのる2基と予備の2基、合わせて4基。会長は言う、「ひとつの窯から生まれたこれらの鯱は、四つ子なんや。一郎と次郎が屋根にのったけど、次の修復には三郎と四郎をのせたってくれゆうてあるんや、そやないとかわいそうやから。」会長にしたら、ほんまのわが子であった。ほほえましい言葉であるが、”命を込めた職人”だからこそ伝えられる言葉だと感じた。平成5年、法隆寺とともにわが国最初の世界遺産となった姫路城は、平成の大修復を本年3月に無事終えた。別名白鷺城のとおりそのままの優美な姿は、奈良の職人の手によりさらに美しく羽ばたかせていたのだ。もとは火除け、厄除けのまじないから乗せている鯱も、のちには権威の象徴としての意味も強めた、奈良の瓦兄弟がその大役を引き受けている事を忘れてはならない。最後に山本会長からも教えて頂いた、昔から言われている“瓦作りに大切な三つ”がある「一土・二窯・三仕事」といい、素材、環境ともに大切だが、つまるところ人の仕事、土窯の扱いが上手いことが肝心である、弟子という素材があり、現場という環境がある、そして良好な師弟関係のあるところへ「人財」は育つということを、「カワラぬ心」で自身の中に留め置く。
 
 
カルチャーリポーター:森村 恵