イベント情報_東アジア文化都市2016奈良

【平城宮跡×SPAC『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』】SPAC芸術総監督 宮城聰氏×「東アジア文化都市2016奈良市」舞台芸術部門ディレクター平田オリザ氏 アフタートーク開催レポート

期間: 2016年09月09日(金)


  

archive_tenpyosai04.jpg平城宮跡×SPAC『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』初回公演後に、SPAC芸術総監督である宮城聰氏と、「東アジア文化都市2016奈良市」舞台芸術部門ディレクターである平田オリザ氏によるアフタートークを開催しました。

 

■日時:平成28年9月9日(金)
    SPAC『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』公演初日終了後
■会場:平城宮跡 東区朝堂院

 

【アフタートーク内容】

 

平田オリザ氏(以下敬称略):
「東アジア文化都市2016奈良市」の舞台芸術ディレクターとなることが決定した時から、既に出演が決定していた『万葉オペラ・ラボ』も含めて、出演者は『維新派』と、『SPAC』の「豪華3点主義」で実現したいと考えていました。願いが叶って感無量です。今回は有難うございます。
 
宮城聰氏(以下敬称略):
こちらこそ有難うございます。
実はお話をいただいた時には既に、この時期のスケジュールは多く埋まっていていました。
本当は厳しかったのですが、しかしこの平城宮跡でやらないかという誘いを断るのは、申し訳ないというか、「演劇人が廃る」と言うような気がして、お引き受けをしました。
 
僕たちSPACのやるような芝居は「古の死者たちの魂を招いてくるような作品」ばかりです。
例えばシェイクスピアをやろうが近松門左衛門をやろうが同じことなのですが、その過去の言葉を書いた人はもうこの世にはいない。けれど、その人の戯曲をやることによって、その人の魂がその場に呼び戻されてくるわけですね。この『マハーバーラタ』も同様です。
2000年という長い間インドで伝え続けられ、沢山の人が影響を受け、感動して涙を流したりしてきたお話ですが、そんな沢山の人たちの魂まで、一緒になって集まってくる。そんな「魂を集める」ような仕事をしている僕たちにとって、ここ平城宮跡という特別な場所で舞台を出来るということは、俳優、スタッフ一同にとっても貴重な経験になります。
 
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平田:
有難うございます。ところでこの度のタイトルは『ナラ王の冒険』ということで、ただの語呂合わせだけではないのですが……(笑)、これを公演いただけて本当によかったと思っています。
 
宮城:
面白いことに「ナラ王」はサンスクリット語でも「ナラ」です。
 
平田:
韓国語でも「国」という意味がありますよね。
『マハーバーラタ』自体が、いろんな世界中の物語の原型のように全部集まっていますので、お客様もご覧になっていて、おそらくご存知の、似たような物語の要素をいくつか思い浮かべたことと思います。
 
宮城:
おそらくインドの人に聞けば、2000年前からあったお話だとおっしゃると思いますが、たぶん今日伝わっている形に完成したのはもっと後のことだと僕は思います。日本でも平家物語などがそうであるように、誰が作ったのか分からないけれど、お客さんが喜ぶような話がだんだん増えていったり、また土地土地にあった伝説のようなものが入ってきたりして、大きな叙事詩になったものもあります。
『マハーバーラタ』は世界で一番長い書物と言われていて、いまだに日本語の全文翻訳はされていません、それほど長い中のごく一部がこの『ナラ王』のお話です。ただ面白いことに、この『ナラ王』のお話は『マハーバーラタ』の全文の要約のようになっています。
 
ところで、物語の中でいちばん肝心な場面として『肉を食べて、これは自分の亭主が焼いた肉に違いない』と妻が見破る、あれは今日のヒンドゥー教の肉食を評価しない感覚からするととても不思議ですよね。王と王妃のいちばんの絆が分かる瞬間が「肉食」によって導かれる。
これは僕の考えですが、おそらく今日のヒンドゥー教が広まるよりももっと前に先住民とか、いろんな人たちがいて、そこで伝えられていた物語が、『マハーバーラタ』に集約されているんじゃないかな。だから、最も古い形、今日消えてしまったかもしれないような民族とか部族とか、そういうもののお話まで『マハーバーラタ』の中には残っているんだろうと思います。
 
平田:
そうかもしれませんね。「東アジア文化都市2016奈良市」の美術部門の作品展示の一部を見るために、僕は今日の昼間に久しぶりに東大寺と興福寺を回らせていただいて来たのですが、特に興福寺の国宝館などを観ながら、インドから綿々と伝わってきたものが全部ここに集まっていたんということに改めて感動していました。
その上で今日この『マハーバーラタ』公演を実現できたのは、本当に芸術監督冥利に尽きるところがありました。
 
宮城:
奈良の仏像を見ていると、ギリシャ彫刻の影響もいろいろ入っていることに気付きます。また、日本の仏教の神様にはインドのバラモン教の神様もそのまま集合して入っていたりします。その造形、神様の立ち姿について、神様を演じた役者たちとよく話していました。
たいていの場合、腰のポイントを左右のどちらかにずらして立っています。この左右どちらかにずらして立つ、ということは、古代ギリシャ・ローマの彫刻でも大抵そうなっています。これはとても不思議なことで、普段の生活習慣は全く異なる人たちが、こういった体のプロポーション、比率のようなものを考えたときに、これが一番美しいんじゃないか、という考え方が似てきたりする。これほど世界にいろいろな人がいるのに、でもやっぱり「これ綺麗だよね、美しいよね」と思うことは共通していたりします。
こういうのは我々芸術家、芸術家と自分で言うのも、ですが……、芸術家が一生涯かけて探求することですけれども、人間、色々いるということと同時に、同じものに感動できる、美しいと思える、この不思議さ。こういうところについても、ここ奈良のような場所でやると、改めて想いを致すことが出来ます。
 
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平田:
ところで、奈良の方たちで、今日初めてSPACをご覧になる方もいらっしゃると思います。少しSPACのこともお伺いしたいのですが。
普段は静岡市で活動されているんですよね。
 
宮城:
「SPAC」とは、「静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center)」の略で、県が出資してできた静岡県立の劇団です。日本で県立の劇団は、兵庫県立と、僕たちの静岡県立のまだ二つしかありません。
僕たちの場合、専用の劇場を持っているので、ヨーロッパ式の市立劇場や私立劇場と同じようなシステムです。自治体が劇場を持っていて、そこの専属の劇団がある。
僕は2007年から芸術総監督を始めたので、ちょうど10年間経ちます。僕の前には同じく10年間、鈴木忠志さんという日本を代表する演出家が総監督をされていました。
劇団があるというところが面白いところで、公立の劇場は日本にたくさんありますが、劇団を持っている、というところがそんなに無いんですね。
今後はより、劇団をもつ自治体が増えるといいですね。
 
平田:
SPACは、野外劇場も持っていらっしゃるんですよね。日本平の中に素晴らしい劇場があって、そちらの野外劇場と、小劇場と。そしてもう一つ、東静岡駅の近くにありますね。
 
宮城:
「なら100年会館」と同じ磯崎新さんによる建築で、よく似ていて面白いです。ぜひ一度見に来てください。
 
平田:
宮城さんの演出についても初めてご覧になるお客様が多いと思うのですが。
宮城さんの演出では、大体いつも、喋る人と動く人が分かれていますね。
 
宮城:
そうですね。喋る、動く、演奏する。この3つを分けることを、1990年から始めました。
僕らが生きているあいだ、気持ちと身体ってこう、引き裂かれているじゃないですか。感情と理性と言ってもいいと思うのですが、つまり、言葉で言っていることと、身体で感じていることはだいたい、ズレがありますよね。ところが演技は、感情と言葉が一致しているように見せることが普通です。なんだか僕はその演技が、お客様を騙しているような気がしていました。演技している俳優自身も本当は、言葉と肉体に溝が出来てしまっているのに、それをこう、溝が無いように、接着剤でくっ付けて見せているような。
今日の人間は、感情と論理、肉体と言葉が分離しているのだから、分離したまま見せてしまった方が、人間のありのままの姿なんじゃないか、と思いました。それで分けてみたんです。
その為には、音楽も生じゃないとうまくいかないということに後から気付きました。
演奏に関して、パーカッションを当初は練習にだけ使っていたところを、そのうち俳優自身で本番も生演奏をするようになりました。だから、今SPACに入団した俳優は、楽器演奏の練習と、動きの練習と、セリフの練習と、3つやることになっています。
 
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平田:
この『マハーバーラタ』の舞台で、1公演中にその3つを合わせて担当する俳優はいますか?
 
宮城:
この舞台ではないですね、作品によりけりです。
この劇場の形にもその理由があります。
『マハーバーラタ』は、常に演奏者が舞台を見上げるようなかたちで作ってみました。
以前、おそらくインドで一番古い芸能が残っている、「カタカリ」とか「クーリヤッタム」という、インドの南西にあるケララ州の地域を訪れたことがありました。そこは一度もイスラームになっていない、ずっとヒンドゥーだったところなので、おそらく一番古い文化が残っているところなんだと思います。
そこでされるお芝居の様子を見てみると、日本の桟敷(さじき)と同じで、どんなに後方でも、客席は平土間で出来ていました。その代わりに舞台が高く、天井は低い。お客さんは常に役者を見上げている形です。例えばローソクなど明かりがあると、役者の影が後ろの天井とか天幕にうつります。そういう様子を見ながら、「あぁ、アジアの演劇というのは、ヨーロッパの演劇とは正反対の見方をするんだな」と気付きました。
 
日本でももともと客席ってずっと舞台の方が高い平土間だったわけですよね。今日でも盆踊りの屋台などにその名残があります。
これが、ヨーロッパだと逆に見下ろす形になります。客席の方が階段状に高くなっていて、舞台を見下ろしている。そして舞台に出てくるのは神様だとかスケールの大きい人たちであっても、やっぱりお客さん達が上から見下ろしているんですね。これが古代ギリシャ以来のヨーロッパの演劇なので、アジアのものとは正反対ですよね。
日本での演劇作りはだいぶヨーロッパ式になってきていたけれど、僕らは改めて、アジアの演劇の見方を取り戻してみたいと思いました。
そのためにはまず演奏者が役者を見上げるようにしてみよう、と。そうしたらきっとお客様にも、演奏者が役者を見上げている気持ちが乗り移って見えてくるんじゃないかな、と思いました。
そういったコンセプトで、このような構成にしてみました。
 
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平田:
最後に『マハーバーラタ』のこともお聞きしたいのですが。
この初演はいつでしたか?
 
宮城:
2003年です。SPACの総監督になる前に「ク・ナウカ」というプライベートな劇団をやっていた、その時代の作品です。
 
平田:
その時も、既にこういった構成でしたか?
 
宮城:
サイズはもっと小さかったですが、客席の周りを回廊の舞台が取り巻く同じ構成でした。
初演は、東京国立博物館の、ガンダーラー仏などのある東洋館の地下で行いました。館内に普段はあまり使われていない天井の低い空間があったんですが、そこに小さいながらも客席の周りをぐるりと舞台が囲むようなものを作って行っていました。
その後はフランスで2013年に、静岡で2014年に行いました。
 
平田:
世界最大の演劇祭アヴィニョンで正式招待作品として、世界の演劇人の憧れの「石切り場」で上演されていましたね。
 
宮城:
「石切り場」と言うとどんなところだろう、と皆さん思われるかもしれませんね。
30年ぐらい前に、ピーター・ブルックという演出家がアヴィニョン演劇祭に招かれたときに、フェスティバル側が指定した場所ではなく、自分自身で場所を選ぶと散々ロケ班して回って、そして「ここでやる!」と決めたのが、廃墟になっていたその石切り場でした。
そこで上演したのがこの『マハーバーラタ』でした。それはとても長くて11時間にも渡る芝居でした……何しろ世界一長い文学ですので。……僕らは110分にしましたが(笑)。
しかしとにかく、いつか僕もピーター・ブルックのようなことをしてみたいというのは、僕が演出家になったころからの夢だったんですね。それが叶って、当時はとても嬉しかったです。
 
平田:
それが今回の平城宮跡での上演にまで繋がっていますね。
 
最後に何かひとことをお願いします。
 
宮城:
仲川市長もおっしゃっておられましたが、「何もないところでやることに価値がある。」演劇をやっている人間にとってそれは本当にその通りだと思います。
演劇とは全て幻なんですよね。この劇場も、たった4日間だけ上演して、翌日にはもう影も形も残らずなくなってしまう。でも、だからこそ心の中に残っていくもの、それが演劇なのかな、と思っています。
僕たちSPACの公演後、『維新派』の公演が、同じくここ平城宮跡内で行われます。まさに、先日亡くなった主宰・松本雄吉さんの魂が戻ってくるような公演があることでしょう。しかしそれもまた終わればあとかたもなく消えて、元の何もなかった平城宮跡に戻ります。
ですから、こういう場所に僕らのような者が来ることで、皆さんに出来ることは何かというと、想いを「手渡していく」、「受け継いでいく」ことだと思っています。形のあるものではなくて、形のないもの。ひとことで言えば「思い出」を受け継ぎ、「思い出」を渡していく。それが、人間にとっていちばん大切なプレゼントなのではないか。
きっと松本雄吉さんもそう思っていらっしゃるんじゃないかな。そんなことを思っています。
 
平田:
ご来場の皆さま、ぜひ今日の『マハーバーラタ』の感想を、ご家族やご友人にお伝えください。
今も遺跡が残り杭も打てない、この世界遺産「平城宮跡」の中で公演を行うということは本当に大変なことです。このような場所でやれることは最初で最後かもしれません。ぜひ、明日以降も大勢のお客様と公演を迎えたいと思います。有難うございました。

 
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