ならまちアートプロジェクト
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北風呂町の倉庫
アーティスト / 宮永愛子
  • 北風呂町の倉庫
  • 北風呂町の倉庫
    雫 -story of the droplets-
北風呂町に残る大正時代から昭和半ばまで続いた染物屋の倉庫。染めた反物や糸を乾かすために、常に風が通るように工夫された壁は見事な蔦に覆われ、一見の価値があります。

通りの喧噪を一本入ると古い木造の染物屋倉庫が現れる。昔はたくさんの竹竿に日々染め上げられた糸が吊るされ、賑やかに仕事をされていたという。風を通す鎧張りの壁に囲われたこの建物を初めて訪れた時、染めたての糸が静かに風に揺れる在りし日の光景が、鮮やかに浮かび上がった。使われなくなって既に何十年も経ったこの空間が、記憶とともに今も大切に残されている。

はじめは高いところばかりを見上げていたのだが、靴の裏に見つけた色の痕跡から、ふと足元の地面が見上げて来た物語を探したくなった。未開封のまま、様々な出来事と長い時間を片隅で見つめてきたガラス瓶を中央に招こう。少し眩しそうに話してくれた記憶の物語が、ひと雫ごとに描かれていく。
宮永愛子
1974年、京都府に生まれる。ナフタリンや塩、陶器の貫入音や葉脈を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時を視覚化する作品で注目を集める。2013年、第1回日産アートアワードでグランプリ受賞。これまでに、主なグループ展として日産アートアワード2013(BankART Studio NYK)、あいちトリエンナーレ2010(愛知芸術文化センター)などで作品を発表している。そのほかミヅマアートギャラリー、国立国際美術館などで個展多数。
東城戸町会所(大国主命神社)
アーティスト / 黒田大祐
  • 東城戸町会所(大国主命神社)
  • 東城戸町会所(大国主命神社)
    地風
東城戸町の集会所として使用されるこの場所には、町で守る大国主命神社が祀られています。椿井小学校の前身の一つとして使われたともいわれる建物を中心に作品を展示します。

歴史ある東城戸町会所に扇風機を用いた人工的な風を吹かせます。それは大気の振動を増幅する風であり、奈良晒をたなびかせた風であり、学び舎に吹いた風であり、古代、大陸から訪れた人々の帆を押した風かも知れません。風を起こす事で、空間のエントロピーを増大させ、分厚い歴史に覆い隠され見えにくくなってしまった、奈良の地勢とそこに暮らす人々の声をあらわにし、これに焦点をあて、「私達はどこからきたのか、私達は何者なのか」という普遍的な問いを浮び上がらせます。風を受け進む舟に乗るように、東城戸町会所の移り変わりを巡る、インスタレーション作品。
黒田大祐
1982年、京都府に生まれる。大学進学を機に広島に拠点を移し、広島や瀬戸内海の歴史、出来事をテーマに作品を制作。東日本大震災以後は「文明的なもの」と「自然的なもの」の調和と関係性を問う作品を制作している。近年は対馬や韓国に滞在してフィールドワークを行い、地勢と文明の関係性をテーマに映像、家電などを用いて動きのあるインスタレーション作品を展開。作品制作に加えて彫刻家橋本平八の研究、「チームやめよう」の主宰、広島芸術センターの運営など幅広く活動している。
鎮宅霊符神社
アーティスト / 西尾美也
  • 鎮宅霊符神社
  • 作品イメージ
    ボタン/雨
かつて多くの陰陽師が居住していたとされる陰陽町にある神社で、江戸時代に幕府から暦の出版を許された陰陽師(暦氏)によって守られてきました。坂道の頂上にあり、暦に欠かせない北極星を正面に見ることができる場所とも言われています。

公納堂町の路地奥では、市民参加型の公開制作を行う。ここでは、ならまちの住民から集めた古着を、[1]陳列し、[2]言葉に置き換え、[3]ボタンを取り外し、[4]四角に切り抜いてつなぎ合わせ、[5]人が集えるパッチワークの家を作る。

もう一方の会場である鎮宅霊符神社が鎮座する陰陽町では、天体の動きなどで社会や人間の吉凶を占う陰陽師が暮らし、奈良暦と呼ばれる暦を発布していた。これに倣い、[2]で一着一着の服を言葉で説明したものを組み合わせて、一年365日のコーディネート暦を制作して来場者に頒布する(賦暦)。また、「鎮宅」とは家屋の安全を祈る意味であるから、[5]のパッチワークの家の安全を祈願し、[3]で取り外したボタンを鎮宅霊符神社に奉納する。そこではボタンが、天体/雨となって展示される。

服を一堂に集めたり、切ったり、つなげて巨大化したり、雨ざらしにしたり、ボタンを奉納したり、コーディネート占いに従って服を着たり・・・。祈りや占い、あるいは古都奈良であるからこそ現在も営まれているさまざまな価値や合理的な行為に着目し、服の使い方や意味に変更を加えることで、現代のファッション産業や資本主義社会に象徴される目的合理的な行為を相対化する。
西尾美也
1982年、奈良県に生まれる。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、地域住民や学生との協働によるプロジェクトを国内外で展開する。六本木アートナイト2014ではテーマプロジェクトを手がけ、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、国立新美術館の三か所で大規模なインスタレーション作品を制作。2016年にはあいちトリエンナーレ、さいたまトリエンナーレに参加するなど全国各地で作品を発表している。現在、奈良県立大学地域創造学部専任講師を務める。
奈良オリエント館
アーティスト / 田中望
  • 奈良オリエント館
  • 作品イメージ 「かやり火の蔵」
    かやり火の蔵
幕末から戦前まで米問屋が営まれた町家。昭和60年代には町家を生かした民間資料施設「奈良オリエント館」として古代ペルシャの文物等が展示されていました。現在は喫茶スペースやライブバーなどが入っています。作品は、米問屋時代に麦を保管する麦蔵に展示します。

蔵は昔の記憶がしまわれているところと考え、その中で蚊帳を使ったインスタレーションを展開する。ならまちは蚊帳の製造販売でも有名だが、その歴史を調べてみると奈良晒とのつながりが見えてくる。蚊帳は、ある世代までは共通に記憶された生活の風景となっているだろう。今では使われなくなってしまったが、かつては嫁入り道具に持たせ一生の財産になるような大変貴重なものだ。また、「奈良の町で十分の九は布(奈良晒)でくらしをたて、他の商売のものも、妻子に布織りや苧うみをやらせているから、布で渡世しない家は一軒もないくらいだ」と言うほど、生活に関わりの深い奈良晒。早くから分業が進んでいた奈良では、東部山間と呼ばれる地域で仕立てた布を、柳生街道を通ってならまちまで卸しにもきていたという。生活の場所としてのならまちを見ようとすると、他の地域との関係性がとても深いように感じた。蚊帳や晒布にまつわる風景のようなものを描いた作品を展示する。
田中望
1989年、宮城県に生まれる。その土地の民俗や歴史のリサーチと現場での体験を通して、場所の記憶や共同体のイメージを神話的な風景として描き出す。《洛中洛外図屏風》のように、細部をみることから出発してより大きな全体の意味を読み解く絵画作品を発表している。2014年、VOCA展2014(上野の森美術館)にて大賞を受賞。これまでにアートフロントギャラリー、横浜美術館アートギャラリーなどで個展を開催。大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2015参加作家。
奈良町にぎわいの家
アーティスト / 岡田一郎 林和音
奈良町にぎわいの家
大正6年(1917年)に古物商によって建てられた町家で、茶室や15帖もある広い座敷、金箔の貼られた仏間のほか、襖絵や装飾など、その空間構成や意匠に所有者の嗜好が感じられます。現在は、二十四節気をテーマに節季を感じる町家の良さや生活文化を発信する空間として奈良町のにぎわいの場になっています。作品は会場全体に展示します。
  • FLOW (okada)
    FLOW (okada)
  • FLOW (hayashi)
    FLOW (hayashi)
岡田一郎
ならまちの地下には、春日山から流れる地下水脈がある。奈良は比較的降雨量の少ない場所のため、ならまちでは地下水を用いた井戸が、農地ではため池が多く作られた。今回の展示では、ならまちの井戸を通して、地下を流れる水脈に意識を導き、新たなならまちの風景を提示します。にぎわいの家の蔵と井戸、つし2階の3箇所に、映像や音を用いた作品を発表します。

プロフィール
1976年、奈良県に生まれる。見慣れた環境から新たな認識を導き出すことをテーマに、音を用いたインスタレーション作品や展示場所の場所性を取り込んだ作品、写真を用いた作品などを発表している。関西を拠点に活動し、「リアルのリアルのリアルの」 (和歌山県立近代美術館、2015年)、「reverberation―残響」(奈良町にぎわいの家、2015年)など多数のグループ展に参加。奈良町在住。
林和音
ならまちの風景の中でも町家建築は、情緒あふれる存在感を醸し出している。会場であるにぎわいの家は、路面に面している入口からは想像できないほどの奥行きのある生活空間が広がる。その土地の気候や利便性を考え建てられた空間は、一見個別に区切られているように思われるが、襖や障子を開け放てば一続きの繋がりを感じることができる。その特性を生かし、空気や時間の流れを元にイメージを起こし、主に離れ座敷と通り座敷、各広間の天井空間に作品を展開する。棕櫚縄や衣服や布地を裂いたものを用いて、編み繋いだパーツを立体構成し、過去、現在、未来へと時間を紡ぐようなインスタレーション作品を発表する。

プロフィール
1984年、大阪府に生まれる。自然界の営みや情景を発想の起点とし、紐や縄、素材を編みつないで立体構成したものを空間に展開するインスタレーション作品を制作する。2007年より関西を拠点に活動。個展や六甲ミーツ・アート:芸術散歩2015(六甲有馬ロープウェー六甲山頂駅)、奈良・町家の芸術祭:HANARART2012(郡山市、浅井邸酒蔵)などのアートイベントで作品を発表している。
公納堂町の路地奥
アーティスト / 西尾美也
  • 人間の家
  • 人間の家
    人間の家
江戸時代から昭和初年まで呉服商が営まれていた跡地で、現在は格子戸の奥に続く路地の西側に町家を改修した店舗が並んでいます。奥行の深い奈良町の敷地らしく、路地の最奥には蔵が残る広い空間があります。この空間を使い、ワークショップや作品制作、展示を行います。

公納堂町の路地奥では、市民参加型の公開制作を行う。ここでは、ならまちの住民から集めた古着を、[1]陳列し、[2]言葉に置き換え、[3]ボタンを取り外し、[4]四角に切り抜いてつなぎ合わせ、[5]人が集えるパッチワークの家を作る。

もう一方の会場である鎮宅霊符神社が鎮座する陰陽町では、天体の動きなどで社会や人間の吉凶を占う陰陽師が暮らし、奈良暦と呼ばれる暦を発布していた。これに倣い、[2]で一着一着の服を言葉で説明したものを組み合わせて、一年365日のコーディネート暦を制作して来場者に頒布する(賦暦)。また、「鎮宅」とは家屋の安全を祈る意味であるから、[5]のパッチワークの家の安全を祈願し、[3]で取り外したボタンを鎮宅霊符神社に奉納する。そこではボタンが、天体/雨となって展示される。

服を一堂に集めたり、切ったり、つなげて巨大化したり、雨ざらしにしたり、ボタンを奉納したり、コーディネート占いに従って服を着たり・・・。祈りや占い、あるいは古都奈良であるからこそ現在も営まれているさまざまな価値や合理的な行為に着目し、服の使い方や意味に変更を加えることで、現代のファッション産業や資本主義社会に象徴される目的合理的な行為を相対化する。
西尾美也
1982年、奈良県に生まれる。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、地域住民や学生との協働によるプロジェクトを国内外で展開する。六本木アートナイト2014ではテーマプロジェクトを手がけ、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、国立新美術館の三か所で大規模なインスタレーション作品を制作。2016年にはあいちトリエンナーレ、さいたまトリエンナーレに参加するなど全国各地で作品を発表している。現在、奈良県立大学地域創造学部専任講師を務める。
今西家書院
アーティスト / 紫舟
  • 今西家書院
  • 今西家書院
    言ノ葉は、光と影を抱く
今西家の書院の間は、室町時代における初期の書院造りの遺構として重要文化財に指定されています。元は興福寺大乗院の坊官を務めた福智院氏の居宅を、大正時代に清酒醸造元の今西家が譲り受けました。作品は、書院の間を中心に庭の一部も含めた展示となります。(要見学料)

漢語や外来語を除いた日本固有語である「大和ことば」には、一つの音に相反する二つの意味が込められている。例えば、奈良の氷室神社は氷を(ひ)と発音する。これは、「ひ」という音には“火(ひ)”とその火を消すことができる“氷(ひ)”の意がある。「し」という音には“生”と“死”の意がある。このように私たちの祖先は、自然と共に生きる中で、反する二つのことが相反するのではなくお互いを支え合い補い合い共存している自然の摂理を言葉に込めたのかもしれない。

本展では、日中韓の共通表現の漢字を多用しつつ、言葉が光となりそして影になっていく新作を発表し、自然に対する精神性をメッセージしていく。
紫舟
文字に内包される表現や感情を引き出す書で知られる。書を伝統から解放し、書=平面という常識を超えた「書の彫刻」を制作。その唯一無二の表現は世界で高く評価されている。ミラノ国際博覧会(2015年)日本館エントランス空間のアートを担当。またカルーゼル・デュ・ルーブル(パリ)で開催されたフランス国民美術協会展(2014年)で金賞を受賞し、翌年の同展では主賓招待作家としてエントランスホールで作品を展開するなど、世界へ日本の文化を発信している。

奈良の歴史と今を散策する ならまちアートプロジェクト

江戸から明治期の歴史を感じさせる「ならまち」で、アートを鑑賞しながらまちなかを散策できるアートプロジェクトを実施します。
地域の伝承や歴史など、土地の魅力を掘り起こした作品を展開します。

  • ならまちアートプロジェクト